こんにちは、こんばんは、某人間より親しみを込めて。

今回は、映画イントゥ・ザ・ワイルドの感想です。



公開:2008年
監督:ショーン・ペン
出演:エミール・ハーシュ、クリステン・スチュワート、ハル・ホルブルック



あらすじ


裕福な家庭に育ったクリストファー・ジョンソン・マッキャンドレス。

彼は、ハーバードのロースクールに入学出来る程の優秀な成績で大学を卒業するも
物質的世界から離れ、精神の革命を成し遂げる為にそして、ある秘密を抱え、自身と妹を苦しませ続けた両親への反抗心から家族には何も告げずに放浪の旅に出る。

預金2万4千ドルは全て慈善団体に寄付し、親から貰った名前は捨て、アレクザンダー・スーパートランプを名乗りながら2年間アメリカ中を旅し、そこで様々な人々と出会いを重ねていく。

そして、彼は、最大にして最後の目的であるアラスカの大地に辿り着く。

そこで、クリストファーは、乗り捨てられたバスを見つけ、それを拠点に自給自足の狩猟生活を始めるが、そんな彼を自然の過酷さと罠が待ち受けていた・・・。
 
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感想 ネタバレなし


1850円

(某人間ブログの採点方法に関してはこちらの記事に参照)

「アイ・アム・サム」「ゲーム」などで実力を発揮してきた俳優ショーン・ペンが、実話を元にした小説「荒野へ」を原作に監督・脚本を務めた本作。

某人間が死ぬまでに見たい、と決めていた映画の一つです。

本作は、主人公クリストファーが、大学を卒業してからアラスカに辿り着くまでの2年間の放浪生活とアラスカに辿り着いてからの狩猟生活が交互に描かれていきます。

その中で「若さ」の多面性を神格化する事も堕とす事もせず映し出し、観客の価値観によって、「若さ」を様々な視点で見させる映画です。

作中、主人公クリストファーは、2年間の放浪生活の中で、都会、田舎、更には、メキシコ国境など多くの地を訪れ、様々な境遇を生きる人々と触れ合います。

その中で、自身が抱える過去や自身が辿る筈だった未来と向き合いながら関わる人々の人生に影響を与えていきます。

ある時は、然る過去の悲劇を境にすれ違い続けるヒッピーの夫婦の仲を取り戻し、またある時は、不慮の事故で家族を失った元軍人の老人に新たな世界に踏み出す契機を与えます。

「若さ」故、頑なで、実直で、直球な彼の持つエネルギーが、人々を彼に惹きつけるのです。

しかし、アラスカの大地は、若さ故の無知に過酷な試練を幾つも叩きつけます。

そして、それは時に「人生で最も悲しい出来事」であることも・・・。

ですが、それこそがクリストファーが望んだ「ただ生きることだけに尽力する」世界であり、過剰に物質が供給される世界では得られない真理を彼は、垣間見ます。

「本当の名前」を捨て、過去と決別したクリストファー。

彼が2年間の放浪と過酷な狩猟生活の中で、何を獲得し、どういう答えを導き、そして、どのような結末に辿り着くのか。

正負問わずパワーを持つ作品です。

また、数年後に鑑賞すると、今回と違った感想を持つであろう、と感じた作品でした。

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感想 ネタバレ有り


 

クリストファーを殺したのは誰か

知力、体力共に有り余り、好奇心は旺盛で、行動力もあり、如何なる苦境でも自分の考えを曲げない。

今風の言葉で表すなら"意識の高い"青年(系は付きません)

そんな「若さ」の持つ利点をフル活用する青年クリストファーを羨ましく思ったり、逆に愚かしく思ったり・・・。
鑑賞した人の数だけ、見方のある人物です。

そして、彼が死に至る時の表情も様々な捉え方が出来ると思います。

一見、後悔もなく、悟ったかのような表情に見えますが、しかし、彼の年齢や残してきた人達のことを考えると、某人間には、哀しみを含んだ遣る瀬無い表情を蓄えているようにも見えました。

幾ら優れた青年とはいえ、まだ青年です。
死の準備など出来ている筈もなく、現世に未練があることは、おかしいことでありません。

では、彼を死に至らせたものは、何なのか。

過酷で厳格な自然か、はたまた、彼自身の拙さか・・・。

この物語の肝は、そこにあると思います。

しかし、この物語は創作ではなく、実話です。
もし、創作であれば、その答えは1つに絞ることが出来るでしょう。

ですが、本作はそうではありません。
これの答えも鑑賞者の数だけある、と思います。

ここからは私の考えになりますが、私にはクリストファーが、同世代の若者達よりも無知に見えました。

無知の知、という言葉がありますが、彼が優秀で、自らの思いを曲げない人間だからこそ、無知の知に至れなかった、と感じます。

それを特に感じたシーンは、
エゾシカを狩猟し、解体する場面です。

某人間的には、かなり印象深いシーン。

もし、クリストファーが優れた青年でなければ、
例え、解体の知識があった、としても
エゾシカを撃たなかった、と思います。

何故なら、すぐに「出来ない事」だと考え至るからです。

悪く言えば、それは、挑まず、諦める事ですが、自然に身を委ねる世界では、それが賢明な判断なのでしょう。

しかし、彼がそれに気付くのは、エゾシカに蛆が湧いてからでした。

とてつもなく、罪深い行為です。

後に彼はこの出来事に涙を流し、「最も悲しい出来事の一つ」だと、振り返ります。

しかし、彼が気付けずに傷付けていたものは、エゾシカだけでしょうか。

彼が突然いなくなってしまってから悲しみに暮れる家族もまた、エゾシカなのでしょう。

しかし、そのエゾシカは、彼の見えないところで息絶え、腐っていきました。

もし、彼がエゾシカを殺す前に気付ける人間だったならば、そのエゾシカに無駄に蛆を沸かせることはなかったと思います。

知力、体力が有り余るからこそ、好奇心旺盛で、行動力があるからこそ、如何なる時でも自分を曲げなかったからこそ、彼は、自身の命が瀕し、「本当の名前」を取り戻すまで、自身が腐らせてしまった家族の存在に気付けなかったのだ、と思います。

決して、彼を非難している訳ではありません。

しかし、彼の死が多くの者に痛みを与えたことは事実です。

勿論、それは、彼自身が、魅力的で、素晴らしい人物だったからですが、だからこそ、悔やまれるのでしょう。

彼の人生は、若人の一瞬の瞬きとも取れますが、私の中には、手放しで神格化出来ない虚しさが残りました。

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